■エウロパにおける「ジュアス」チームに関する情報

レポート


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 A.A.0084 6月19日 とあるエウロパ軍事施設
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「ねぇ…だからさ、ちょっとだけだって」
「駄目です、困ります、もう…そんな事を言っても…」
「いいじゃん、少しぐらい…ほら、俺、今のままじゃさぁ…」

「うおお…」
 猛烈に、女性に迫っていた俺…ギンジ・サクマの後頭部に衝撃が走った。
 背後を振り向くと、まだ20歳を過ぎた程度だと見られる女性…いや、
 外見年齢では中学生であるかの様な童顔の少女が、ギンジを睨んでいた。

「何を卑猥に聞こえる事を言ってらっしゃるんですか…。
 サーさん、困ってるでしょ」
「あ、レミルさん、助かりました」
 先程、ギンジが迫っていた女性…サーさんこと、サーリア・ビルグリムが、
 黒い長髪を振りながら、「レミル」と呼んだ女性の後ろへそそくさ隠れた。
 サーリアの方が身長が高い為、隠れている様には見えなかったが。
「レミルかよ…折角の交渉が台無しじゃねぇか」
 ギンジは頭を掻きつつ、眼前の、ショートボブの銀髪と赤い瞳を有し、
 ぴょこんと髪に混ざる様に猫耳らしき物が生えている小柄な女性…
 自分の部下である、レミル・ウェストン伍長へと言った。
 別に卑猥な事ではなく、ギンジはサーリアと「交渉」していたのだから。
「交渉なら、もっと交渉らしい言葉を使って下さいよ…」
「分かりましたよ、はいはい」
 またそんな嘘を吐いて…とでも思っているのだろう、呆れて言うレミルに、
 ギンジは軽く謝ってからサーリアとの「交渉」に戻った。

「で、いい加減にどうにかならないの? 俺の給料」
 これが「交渉」の全貌である。
 機械兵器「ジュアス」に乗って前線で戦う、危険な仕事をしている割には、
 給料が低すぎる為に、経理課のサーリアに上がらないかと頼んでいたのだ。
 サーリアは自分の机に座り、呆れた様子でギンジに説明をする。
「ですから、昇進すれば上がりますよ。
 ギンジさんの場合、既に「ファラク」を10機は撃墜されていますし、
 これはもう大尉になっていておかしくないです…ないんですけどね。
 既に尉官試験を受けられるだけの戦果を挙げていらっしゃるんですから、
 准尉に昇進すればだいぶ違うって…何回も言っていますけどね…」
 ギンジの階級は曹長であり、決して軍隊の中では高い階級ではない。
 だが、ギンジは自らが有する「曹長」が置かれる待遇を気に入っていた。
 給料が低いと言う話を除けば、だが。
「尉官になると面倒臭いだろう? 俺は曹長のままで給料を上げて欲しい訳」
 サーリアは溜め息を吐いた。
 そう言い続け、サーリアを困らせるのは、これで何度目になるだろうか。
 尉官は統括的な立場を有する為、曹長の様に自由ではいられなくなるのだ。
 まるで「困った人だなぁ」とでも言いたい様子で頭を抱えるサーリアに
 ギンジが迫っていると、またも後頭部に衝撃を感じた。
「うおお…」
「ギン、サーちゃんが困ってるだろ。おかしな我儘をいつまでも言わないの。
 サーちゃん、こんな奴はうっちゃってさ、僕とデートしない?」
 ギンジの後頭部を強打し、サーリアをデートに誘った軟派な声の持ち主は、
 これまたギンジの部下である、ケイン・クロスフィールド軍曹である。
 年齢は27歳で、32歳のギンジよりも幾らか下だ。
 整った顔に加えて尖がった耳、プラチナブランドの短髪と碧眼を有しており、
 女性人気は…「喋らなければ付き合ってもいいレベルの人」だと評判だった。
「…ケインさんも相変わらずですね。私はお仕事があるのです。
 皆さんだって忙しいでしょうに、油を売っていたら怒られちゃいますよ?」
 ギンジたちを窘める様にサーリアが告げたが、意味のない話だ。
「馬鹿を言うなって。暇だからここに来て、給料の交渉をしてるんだし」
 笑いながらそう言ったギンジを見て、レミルが溜め息を吐いた。
「…自慢する事でも何でもありませんよ、曹長…。って、あ」
 突如、軍部に備え付けられたスピーカーから警報と、大声が聞こえた。

『第12〜32ジュアス小隊、第06〜09イオ小隊に告ぐ。
 本部に向け、大気圏外から数機の「ブレイカー所有」と思われる「イオ」が
 降下を開始している。各部隊は直ちに迎撃準備を開始せよ。以上だ』
 どうやら、これでプライベートタイムは終了の様だ。
「あらら。これで皆さん、暇じゃなくなっちゃいましたね。頑張らないとです」
 サーリアが真剣な口調と顔付きで告げる。
 元々の顔立ちと声色が柔らかく、言葉選びも独特な為、
 あまり迫力はなかったが、当人は気付いていない様なので言わぬが花だろう。
 ギンジは溜め息を吐いてから、サーリアに言った。
「全くだ…特別手当とか出るのかね、サーちゃん?」
「それは上司さんに伺って下さい。早く出発しないと本当にまずいですよ」
 サーリアの言葉に続いて、ケインが真面目な声で言う。
「その通りだね、行くよ、ギン、レミル。今回の相手は厄介そうだ」
 いつもこんな具合ならば、お前はさぞかしモテるだろうにな…。
「お前が仕切るなよ、軍曹のくせに。俺が上官だぞ…やれやれだ」
 サーリアに手を振った後、ギンジ、ケイン、レミルは格納庫へと向かった。
 自分たちの「もう1つの身体」がそこには存在する。

 第8格納庫では、多数の「イオ」や「ジュアス」が出撃準備に入っていた。
 金属同士がぶつかり合う轟音や怒声が鳴り響くが、もう聞き飽きている。
「さて…俺たちの担当は、B地区に降下した「イオ」…いや「ファラク」か」
 ギンジが任務を確認すると、ケインが補足する様に言う。
「あいつらが受けた任務は、状況から判断するに、軍備の破壊だろうね。
 僕らが出て行くと、標的が増える事になるけれど、出ない訳にもいかない」
「それはそうでしょう。B地区には民間人だって多いんですから…。
 でも、少し怖いですね。あの「ファラク」。相当カスタムされていそうです」
 レミルが、少し身体を小さくして、怖がる様子で言った。
 元々の身長が低く、猫耳な為に、その姿はまるで何かの小動物の様に見える。
 それも無理からぬことだとは、モニターを見てギンジは思った。
 モニターには、カスタムされた「ファラク」であろう、
 軍に配備されている「イオ」よりも機動力などが強化されていると思われる
 人型をした汎用戦闘機が映し出されている。
「まぁなぁ…あのけばけばしいカラーも、目立ってもやられない自信って奴か」
 迷彩の種類を間違えているであろう、赤と白のカラーは戦場では非常に目立つ。
「だろうけどね…軍も怖いって、教えてやろうじゃないか、ギン、レミル」
 ケインがそう言って、自らの機体…全長で5m程はある、緑色に輝く巨人へと。
 「イオ」が開発された後は、殆ど蔑称で「B級ウィジェ」と呼ばれている、
 「戦術型ジュアス・アーレントカスタム」へと駆け出した。
 ニューエイジと言う、特殊な才能を有するケインだからこそ扱える機体だ。
 あいつの行動の早さはともかく、仕切り屋気質はどうにかならんかね…。
「だから、お前が仕切るんじゃねえよ。行くぞ。
 人の国の兵器を使ってやがる、お坊ちゃんかお嬢ちゃんを引き摺り下ろして、
 俺たち「トライアイズ」の足元の靴を唾液まみれにしてもらおうじゃねえか」
 ギンジが笑いながら、レミルに向けてそう言うと、彼女は苦笑した。
「曹長が言うと卑猥だなぁ…でも、私も頑張りたいし…了解です。
 レミル・ウェストン。アイズC【パープル・ディーア】…出撃…あっ。
 ちょっとヘルメットが…。うん。もう少ししたら。そうですね、出撃します」

パープル
「もう少しかよ。ちょっと待ってるよ」
 彼女は、全長3m程ある、紫色の「パワードスーツ」の装着に手間取っている。
 装着と言うよりは「搭乗」の方が正しいだろうか。
 レミルが乗る「通常型ジュアス」の構造は、中央部に人が乗るだけであり、
 腕と脚はほぼ完全にロボットアームとレッグとなっている。
 機体中央部における操縦者の筋肉神経反応を、機械がセンサーにより感知し、
 ロボット部分が作動するのだった。
 ジェネティックと言う、身体能力に優れた種族である彼女は、
 十二分過ぎる程にその性能を引き出している。
 機体の運動性能の高さも大した物ではあったが、アイズCの本来の用途は偵察だ。
 頭部に装着された、巨大なレドームが目立っている。
 少し待っていると、何とか装着完了した様子であり、そのまま出撃した。
「ケイン・クロスフィールド。アイズB【グリーン・エレファン】、出るよ」
 次いで、ケインのジュアスも緑色に輝く粒子を放出させて出撃する。
「おう、死ぬなよ、てめーら」
 最後は自分の、黒色に塗装した「戦術型ジュアス・Gカスタム」の出番だった。
 ギンジは2人とは違い普通の人間で、特別な才能は持っていなかったが、
 操縦技術と経験に関しては相当な物があると自負している。
 だからこそ、ただ、基本性能を現代級にカスタムしただけの機体で十分なのだ。
「ギンジ・サクマ。アイズA【ブラック・レパード】、発進する」
 ギンジの機体が発進し、周囲からは三眼…「トライアイズ」と畏怖されている、
 エウロパ最強のジュアス部隊の出撃がここに完了した。

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『何、こいつら…今更、ジュアス? 「イオ」が来ると思って待ってたのに…』
 担当を言い渡されたB地区には、既に複数のジュアスが燃えて転がっていた。
 その中央にいて、言葉を発したのはブレイカー製「イオ」こと「ファラク」だ。
 全身が赤と白の塗装に包まれており、極めて趣味的な匂いを感じさせる。
 パイロットの声は高く、レミル程ではないが、年若い印象を受けた。
 …ハズレか…俺の趣味じゃないな。
「女の子か。まだ20をちょっと過ぎたばかりって感じ? ギンの勘が当たったね」
 ケインが嘲笑する様子で、ギンジに声を投げ掛ける。
「…ま、ウィジェに乗るなら、男も女も関係ないからな…」
 ギンジは不貞腐れて返したが、そこに「ファラク」の女性パイロットの声が入る。
 また通信の混同か…。「ジュアス」と「イオ」と「ファラク」の通信機は、
 元々同一の物が使用されている。
 その為、度々こう言った現象が起きるのが、デメリットでもメリットでもある。
『ごちゃごちゃうるさい。アタシは25だ。死にたくなければさっさと去りな。
 こっちは「イオ」を破壊する任務を受けてるんだよ』
 どうやら相当ヒステリックな性格らしい。ますますギンジの好みではない。
 更に。
「あらら、私より年上なのに、頭は悪いんでしょうか? 任務をバラしちゃった」
 レミルがギンジの内心を代弁する様に言った為、苦笑してギンジは言った。
「頭の悪い女性は、あまり好きじゃないな…」
 ギンジが苦笑して言うと、女性パイロットの叫び声が轟く。
『あんたら…殺してやる。任務の前に、丁度いい腹ごしらえになりそうだしね…』
「…は。俺たちも舐められたもんだ。やれるならやってみろよ、お嬢ちゃん」
 相手を挑発するのも大事な作戦だ。
 どんな状況に陥っても、冷静さを崩さない相手程、厄介な敵もいない。
 それに比べれば、簡単に挑発に乗って来る様な「お嬢ちゃん」は気楽だった。
「相手のデータ解析が完了しました、転送します。武器はキリヤマ重工製の
 50mmアサルトライフルの改造型に加えて、アリュクトスの散弾砲と思われます」
 偵察機を出してコンピュータ解析を行っていたレミルが、冷静に告げた。
 50mmアサルトライフル程度なら、大した火力ではない。
 強力な散弾砲にした所で、プライドの高いアリュクトス社製の武装であるなら、
 カスタム化は容易ではない…要するに、回避は難しくないと言う事だ。
 自分たちの頭の中には既存の「全ての兵器の弾道」がインプットされている。
「ありがと、レミル。ブチ切れてる様子だから斉射が来るな。回避しろよ」
「私の【パープル・ディーア】ちゃんなら問題ないですよ、あんなの」
 ケインがレミルに礼を告げた後、行動を指示した。
 ギンジが言おうと思っていたのだが…こいつは本当に仕切り屋だ。
「仕切るんじゃ…来るぞ」
 次の瞬間、ケインの予想通り空中に浮かんでいる「ファラク」が、
 右手に持っている50mmアサルトライフルを、ギンジたちに向けて斉射して来た。
 CPUでは回避パターンを構築出来ないであろう、完全な無差別射撃だ。
 だが、この程度の攻撃ならば、何度も死線の中で体験している。
 土煙の中、ギンジのジュアスは脚部のブースターを吹かし、
 マニュアルコントロールで、縦横無尽な動きを行い、弾幕を完全に避けた。
 正確性を欠いた実弾程度ならば、既にギンジには止まって見える。
 カートリッジの弾がなくなったのであろう、数秒後、斉射は止まった。

『何? ジュアスって、タダの雑魚じゃないの? 今のを避けやがった…』
 通信機から、戦慄した様子の「ファラク」女性パイロットの声が聞こえる。
 続いて、ギンジにも聞き覚えのある、2つの声が耳に入った。
「ふう、危なかったぁ…」
「この威力なら、僕の【グリーン・エレファン】の華麗な装甲で止められるな。
 流石に速度でついて行くには、骨が折れるけど…」

グリーン
 ギンジは内心で笑いながら周囲を確認すると、そこには、
 どうやら全ての攻撃を避けたらしい、レミルの【パープル・ディーア】と、
 弾幕を自慢のアーレント結晶複合型装甲で受け切ったと思われる、
 ケインの【グリーン・エレファン】が存在していた。
 流石の2人だ…。これを見て驚かないパイロットは、そういないだろう。
 通常のジュアスならば「イオ」の攻撃で、軽々破壊されるのが通説なのだから。
 ギンジは、2人に向けて言い放った。
「おーい、お前ら。大体相手の実力は分かったよな?
 機体性能は高いのかもしれないが、武器とパイロットはどうやらポンコツだ。
 …ケインは前線で攻撃を食い止めつつ、威嚇射撃を行ってくれ。
 …俺は中距離から奴の隙を見て攻撃する。レミルは俺のサポートだ、いいな」
「ラジャーです」
「分かった」
 ケインとレミルが同時に返事をして、それぞれの位置につく。
 最初の通信を聞いていたらしい女性パイロットの声は、怒りに包まれていた。
『あんたらこそ舐めんじゃないよ…この旧時代のポンコツどもがっ』

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 数分後、B地区は劫火と土煙に包まれていた。
 ここにダスト・アレルギィの種族がいたとすれば、堪った物ではないだろう。
 ギンジたちは「ファラク」に致命傷を与えていなかったが、
 相手もそれは同様だった。
 持久戦の最中、業を煮やしたのであろう、ファラクの肩部ハッチが開いた。
 その中には、大量のマイクロミサイルが詰め込まれている。
「あんな所にミサイルが…? ちょっと激しそうですよ、軍曹、曹長」
 レミルの動揺し切った声が通信機から聞こえて来る。
 恐らく、レミルも解析し切れなかったあの兵装は、敵にとっての最終兵器だろう。
 一斉発射し、一気に勝負をつけるつもりでいるのだろうと理解出来た。
 ミサイルは簡単に回避出来る兵器ではない。
 ならば、最善の選択は…。
「ミサイルは僕が食い止める。ギンは爆炎に隠れて一気に攻めろ、ジャマーチップを撒く」
 ケインがギンジの考えを察したのだろう、自らが囮になると告げた。
 極めて危険な役割だが、この中で最強の装甲を有する【グリーン・エレファン】が
 攻撃を受ける事が、最善の選択であるのは事実であった。
「また仕切りやがって…死ぬんじゃねえぞ」
 流石に、ギンジも声を掛けたが、ケインは笑って返した。
「まだまだ遊び足りないんだ、そう簡単にやられないって」
『死ねぇっ』
 轟音と多数の煙と共に、マイクロミサイルが「トライアイズ」に向けて発射された。
 ミサイルがケインの【グリーン・エレファン】に直撃し、緑の機体を爆炎が包む。

「ケインさんっ」
 レミルが悲鳴を上げるが、ギンジは通信機に状況異常を感知し、彼女へ告げた。
「大丈夫だ、ジャマーの反応がある。レミルはここにいろ、仕留めてくる」
「あ…ですね。分かりました、行ってらっしゃい」
 ギンジの言葉で状況を理解して、落ち着いた模様のレミルがギンジを送り出す。
 彼女の優しい言葉は、ギンジの背中を押してくれる。
『何よ…これ…断末魔に…ジャマーでも…使った…って訳…この…状況が…』
 空中で無防備に停止している「ファラク」。
 通信機から漏れてくるノイズを見るに、何が起きたか分からず動揺しているのだろう。
 戦場で足を止めるなどとは愚の骨頂、所詮は大したパイロットでないと言う事だ。
 ギンジ機は背後のフライトユニットを開いて飛行し、一気に対象へと接近した。
「そら、終わりだ」

ブラック
 ギンジ機の左腕に装着されたガトリングガンが外れ、金色の鉤爪が顔を出す。
 機械の駆動音の後に、激しい金属音。加えて、溶解音が周囲に響く。
 相変わらず、訳も分からず停止している「ファラク」の背後に回り込んだ
 【ブラック・レパード】が、左手に装備した発熱型近接兵器「バスター・クロー」を
 目にも止まらぬ速さで「ファラク」の四肢へと連撃して叩き込んだのだ。
『嘘でしょ…あたしの完璧な機体が…こんな…旧式に…』
「旧式だと舐めていたのが敗因だよ…その大き過ぎるプライドも邪魔だったな」
 ギンジがその場を離れると、衝撃に耐えられず「ファラク」の四肢が爆発した。
 ブースター機能を失った「ファラク」は、重力に引かれて地面へと落下する。
 パイロットは生存しているだろうが、最早、機体は行動出来ないだろう。
「あ、ギンジさん。終わったみたいですよ。上を見て下さい」
 レミルの言葉に促されて、ギンジがコックピット越しに上空を見ると、
 そこには大小なりとも損傷を負った「ファラク」軍団が、
 賢しくも用意していたらしい小型ロケットを使用し、
 エウロパの大気圏を離脱して行く光景が見えた。
 降下して来た機体とは数が合わない為、幾らかはここに転がっている機体の様に、
 他のジュアス小隊か、エースの搭乗する「イオ」に撃墜されたのだと思える。
「ギン、やったね。僕の美しい機体はこの通りだが…まぁ上々の成果かな?」
 ジャミングが消えて通信機から聞こえた声に、ギンジは微笑して声を投げ掛けた。
「ケイン、何だって、ピンピンしてるじゃねぇか」
「馬鹿言ってくれるなよ、折角の美しいアーレント装甲がボロボロだって」
 声の先には、先程ミサイルの直撃を受けた【グリーン・エレファン】が立っていた。
 装甲の数々が焼け焦げており、左腕を失っている為、確かに無事とは言い難いが、
 状況終了時にパイロットが生きているならば、何の問題もない。
「まぁ、俺としては、無傷よりは格好よく見えるがな?」
「女の子に言われるなら嬉しいんだけどね。レミルはどう思う? 格好いい、僕?」
「格好いいですよー。戦った男という感じですし、助かりました」
「やった、嬉しいなぁ」
 茶番も悪くはないんだが、よく飽きないもんだ…毎回の戦闘後のやり取りだ。
「じゃあ帰るか…っと、女の子で思い出した。
 おいレミル、別にパイロットに興味はないが、そこの「ファラク」回収しとけ」
 レミルが可愛らしい頬を膨らませて、不満そうな声で反論する。
 彼女の【パープル・ディーア】も無傷ではないが、単純に面倒臭いだけだろう。
「えー、私がですか? 回収班がどうせ来るんですから、待った方が…」
 別にギンジが持って行く事も可能であったが、こう言う事は下っ端の役目だ。
 ギンジは上官癖に固執しないが、
 戦場においては部下に厳しく接しなければいけないのが軍隊の鉄則である。
 こう言った状況次第であり、プライベェトならば関係ないが。
「俺たちが持って行った方がいいんだよ。ボーナスが出るかもしれないだろうが」
 結局、回収作業も早い者勝ちなのだ。回収班に任せては、全く手柄にならない。
 ギンジの言葉を聞いて「…守銭奴」と呟き、レミルは呆れた声を出す。
「結局それですか…。でも、ボーナスが出るなら、新しい服を買いたいなぁ。
 分かりました。持って行きます…私のジュアスには重いけど…」
 …心変わりの早い奴だよ、全く。
「はっ。どうせ僕のボーナスは機体の修理代でプラマイゼロなんだろうけどね…」
 ケインが愚痴る声が聞こえたが、ギンジはそれを無視した。
 何だかんだ、流石にジュアスで「ファラク」を相手にするのは骨が折れる。
「今回の相手はマシだったが…凄腕の「ファラク」使いが来たら、厄介だな…」
 やはり、ジュアスと、ウィジェかファラクでは、根本的な性能が違い過ぎるのだ。
 戦い方によっては何とかなるのは事実だが、
 本格的な強敵と争う際には、命を失う事も覚悟しなければならないだろう。
 …死ぬ気はないが。
「何か言いました、曹長?」
 レミルがきょとんとした顔で聞いてきたが、ギンジはせせら笑った。
「別に何でもねぇよ。基地に戻ったらとっとと報告書を書いて、酒でも飲むか」
「いいですね。カルーアミルクを沢山飲みたいなぁ」
「あ、僕はI国のワイン。F国のは渋くてさ。当然ギンが奢ってくれるんだよね」
 奢りだと勝手に決めつける仲間たちに、ギンジは閉口したが、悪い話では無い。
 パイロットは、いつどこで命を失うか分からない難しい職業なのだから、
 束の間の楽しみは必要だ。
 自分たち「トライアイズ」の存在も、いつまで続くか分からないのだ。
「ああ、俺が奢ってやるよ。好きなだけ飲め」
 ギンジは、通信機から聞こえて来る仲間の喜ぶ声を、
 今は楽しみたいと思っていた。
 いつか、AUGとエウロパとブレイカーの面倒臭い「トライアングラー」が終結し、
 仲間たちと普通の仲間として楽しく接する事が出来る日を願いながら。



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