■地球衛星軌道上コロニーNo.S18339での出来事


事の始まりは2日と3時間前にまで遡る。

《A.A.0077.3.10.3:08》
地球衛星軌道上コロニーNo.S18339において、父である「アンドレア・ニコラ・サガルマタ」が殺害された事件に全ては起因する。
当時自分は、No.S18339に隣接する農業プラント用コロニーに仕事で出向いていた。
父が死んだという事実を知ったのは、仕事が終わった二時間後のことである。

《A.A.0077.3.11.11:19》
「親父はどんな死に方をしたんだい」
「後ろ手に拘束されて、頭を撃ち抜かれて、そのままよ。ある意味、一番幸福な死に方ね。」

母親である「フィオナ・ブリジット・サガルマタ」との会話は、ひどく素気ないものだった。
内容が自分の父親の死であるというのにも関わらず、俺はひどく落ち着いていた。
そうして話しながら、自分は一つの用意を進めていた。
実の母親にも話せぬ、自分の身からすればあまりにも大きすぎる仕事の用意。
復讐。
殺し屋が殺し屋たる由縁からは最も遠いところにあるもの。
その用意を、俺は着々と進めていた。
喧しいものは必要ない。今回は狙撃も行わない。只々直ぐにに敵を排除することのみに特化する。
ふと、父の仕事ぶりはどんなだっただろう、と思いを巡らせた。

「復讐だなんて考えないで頂戴よ。あの人は仕事をしくじった。只それだけなんだから。」
「分かってるよ、母さん。《重々》ね。」

奴等の素性や居場所は割れている。
共産主義的な考え方の典型的な過激集団……で、済めばよかったのに、既に規模だけでは一つの大隊にまで匹敵する勢力を誇っている。
無論、それら全てを相手にするつもりなどない。必要もない。
その集団のリーダーであり、父を殺した張本人、「イリイチ・ヤシン」のみを殺害すればいい。
そうすれば、あの集団はじきに空中分解する。そういった理由だった。
父の受けた依頼も同じものであった。しかし失敗し、あまつさえ捕えられ、そしてこのザマだ。

彼らのアジトは衛星軌道上の偽装コロニーの中に作られていた。
廃棄プラント、所謂「ゴミ箱コロニー」のNo.88492。
内部は様々なビルや建物、モノレールなども通じており、そのどれもが――街頭からゴミ箱に至るまで――例外なく武装措置を取られていた。
その最奥の一際高いビルの中に、奴らは居を構えている。

「また《仕事》に行ってくるよ、母さん。」

そうして俺は、一人肥溜めの中へ足を踏み入れた。


《A.A.0077.3.12.2:15》

「着いた……。」

独りごちて、また歩を進める。
真っ暗闇の中で自分の眼前にあるのは、奴等の根城、そのビルの屋上非常口。
自前のアサルトライフルを構え、暗視装置を作動させ、《仕事》を始める。
ひた、ひた、となるべく足音が出ないように、慎重に進む。
階を降りて次の階段に向かおうとしたときに、はたと足を止める。
人間――少なくとも友好的ではない――が、近づいてきている、こちらに。
声の種類からして二人。哨戒を行っているのだろう。
手近にあるトイレに身を潜め、通り過ぎるのを待つ。
足が四本、男子トイレの前を通過してゆく。
音もなく背後をとり、速やかにこれを『処理』し、次の階へ向かう。
今度は大きな笑い声が聞こえてきた。恐らくはフロアの反対側だが、その中で一つだけ足音が響いているのをアレイは聞き逃さなかった。
近づいてきているが、派手にやれば反対側の敵兵に気づかれる。
スルーするか。それとも確実に黙らせておくか……。
アレイには、どちらも簡単なことではあったが、「より確実に自分が見つからない方法」を選んだ。
廃棄されホコリを被ったデスクの陰で、ハンドガンを構える。
歩哨が通り過ぎる一瞬を狙って、頸動脈から脳幹を結ぶラインで一発。
銃口を押し当て、間髪入れずにトリガーを引く。
相手の力が抜け、こちらに倒れこんでくると、そのまま暗闇の中へ引きずり込んでバレないように隠蔽しておく。
そうしてもう一つ下の階へ滑り込むようにして降りて行ったとき、事件は起こった。
三人組の哨戒兵と鉢合わせしてしまったのである。

「――ッ!」
「ッ!てっ――」

声を出させぬように、正確に、ともすれば機械的に兵士は咽喉元へ向かって射撃を行った。
布を貫き、皮膚を、肉を裂き、血を噴出させ、確実に息の根を止める。
それら全てのことは、約二秒以内の内に一つの滞りもなく行われた。
全弾の命中を確認すると、

「は、」

と、短く息をついた。知らぬ間に息を止めていた。
三っつの「人間だったもの」を見ても、何一つ感慨は湧かない。
思うのは只、「アイツも、同じ姿に変えてやる。」それ一つだけであった。

そこから二つの階を降り、目標の存在するとされる部屋の前まで来た。
就寝しているであろうと踏み込んだ先に見たものはこちらに背を向けて何か作業をしているイリイチの姿であった。

「なんだぁー?入るときはノックしろって言って――うごァッ!?」

アレイの判断は只ひとつであった。
ライフルを仕舞い、拳銃に持ち替え、速やかにイリイチを組み伏せる。
目にも止らぬ早業のもと、銃口は頭部を向いていた。

「クッソ、テメェ何モンだよ?!」
「黙れ。」
「アァ!?」
「直ぐに死にたくなければいうことを聞け。」
「……なんだテメェは?」
「二日前。アンドレア・ニコラ・サガルマタを殺害したのはお前か?」

イリイチは組み伏せられたまま、ニヤリと笑った。

「だったらどうした?アレか?おめえ声聞くと若いが、もしかして親父の仇討か?いまどきはやらねえぜそんなのよォ。」
「黙れ。」
「それにここまで来るってことは結構警備とか殺ってきてんな?有望だからこっちこいよ、かわいがってやるぜ?」
「黙れ、下衆が。貴様を殺すことで、俺の復讐は完遂される。」
「……お前さあ、俺がこんなこと想定してねえと、思うっ、かよっ!」

ふと、違和感を感じた。極(き)めていたはずの左腕が極まっていない――。
関節を抜かれた、と思う間もなくイリイチは掌を返し、トン、と軽くアレイの胸を触った。

そして、アレイは混乱に陥った。
まず行われたのは、胸部を触れられたということ。
次に起こったのが、眼前での爆発的な閃光のみだった。
次の瞬間には視界がぶれて、優に5メートルは「縦回転をしながら」吹っ飛ばされた。
『何をされたか』は頭で分析できた。『何を使われたか』は体で理解できた。

(閃光衝撃地雷――!)

本能的に肋骨が折れた、と分かった。
イリイチは薄気味悪いニヤニヤ笑いを浮かべながら雄弁に背を向けて語りだした。

「こいつは2年前に月であったプラトン動乱でエウロパ側が使ったやつでな?引っかかった奴がデブリになりすぎるんで条約で禁止された代物よ。」
「俺がそいつを当時のスカベンジャーから買い取って、使ってた訳よ。凄かったぜぇ、人間って縦に回れるんだなァ!」

イリイチはこのように語っていたのだが、当のアレイには半分も聞こえてはいなかった。
衝撃で拳銃が吹き飛んでいなかった事に喜び、体中から力をかき集め、只イリイチの頭を吹き飛ばすことしか考えていなかった。
右手で持ち、左手で支える。
それだけのことが、たまらなくキツく感じた。
引き金を引くという単純な作業でさえ、万力を締めるかのごとく思えた。
だが、それら全ては復讐心のみで補うことが出来た。

「それでだ君よ!」

長々喋り終えて満足したのか、イリイチがこちらにくるりと振り向いた。
狙いはすでに終えている。
故に、その行動は瞬時に結果へと結びつく。
引き金を引き、
撃鉄が落ち、
雷管を叩き、
火薬に引火し、
スライドが作動し、
空薬莢が排出され、
弾丸が飛び出し、
ここにイリイチ・ヤシンはその生涯を終えた。


《A.A.0077.3.12.3:30》

「――生命反応を確認。」
「!?」

ドキリとして振り向くと、何者もいなかった。
が、声はさらに続いた。緞帳の向こう側からだった。

「バイタルの低下を感知、応急処置が必要と認識できます。」
「な、なんだ、ハァ、こいつは……?」
「はい。客観的にも主観的にも、この機体は昨年発売されたオートモビル《リジェレネーター》でございます。」

なんとも、AI搭載バイクがそこにはあった。

「既にお前の持ち主は死亡した。」
「存じております。」
「ならお前は、グゥッ、どうする……?」
「アレイ様を安全に脱出させることが可能にございます。」

この言葉に、しばしアレイは言葉を失った。
ここに来るまでには、まるで迷路のような道を半分迷いながら通ってきたのだ。
それを、今開封された新品同様(に見える)なAIが知っているとは思えない。

「……どうやって、出るつもりだ。」
「お荷物をおまとめになって、お乗りください。」

何か主従逆転している気がするが、渋々といった形でアレイは乗り込んだ。
自動操縦タイプなので、ペダル類はハンドルといったものはなく、大きなリクライニングシートの様相を呈している。
身を横たえ、ふう、と息をつく。
と同時に、明らかに睡魔と感じる波がアレイの意識に押し寄せてきた。

「地図には載っておりませんが、建設されたものの使用されなかったモノレールのラインがあります。そこを伝っていけば10分もせず脱出可能です。」
「分かった……。そうしてくれ。少し眠りたい……。」
「承知しました。」

僅かな一揺れごとに意識を刈り取られながら、アレイは思っていた。
これで、親父に恩返しができた、と。
復讐は終わった。これでまた、いつも通りの《仕事》が出来る、と。
コロニーに差し込む太陽光が、未だ18歳のアレイの横顔を照らす。
オートモビルは、土煙を上げて走り抜けていった。
硝煙の臭いだけを残して――。




その後、彼はまた新たな生き方を見つけることになるが、それはまた、別のお話――。
「強きを挫き、弱きを助く、じゃよ。」