■花霞、星の海より for とある二人組






 【 前日 20時頃 】






   Ship:2 Folkvangr
   自然に囲まれた一等地の、とある煉瓦邸



    『二日ほど留守にします
        家事と "C・u" を御願いします、これも立派な仕事の一つですよ
                                 "P・t" より―――』



   暖炉と絨毯、革製のソファー、全てが高級を漂わせる洋風の談話室
   この場に似合わぬ格好をした銀髪の男が、置かれていた手紙を気怠そうに読み上げる



    『・・・あんのババア、まーたなんか企んでんじゃねえか?』



   ヨレヨレに着古した服装は、ホームレス一歩手前に見えなくもない



    『・・・面倒くせェ』



   興味を無くした銀髪の男は、置き手紙をくしゃくしゃっと丸め
   火が点いていない暖炉の中へと放り込んだ





   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





    ≪ ・・・――ぇ、みんなー! お花見行かないー? ≫



     『っ?!』



   映像端末が勝手に起動し、拠点間通信用開放チャンネルが映し出される
   赤茶髪の少女 "C・u" は驚きつつも映像端末を恐る恐るといった様子で眺める



    ≪ 公園はね、J国の桜がいっぱいに咲いてるの 見渡す限りに ≫



     『・・・・・・さくら・・・?』



    ≪ それでね、周囲は投影型プロジェクターで昼は青空なんだけど、
                  夜はプロジェクターを消して、満点の星空になる ≫



   映像端末の向こう側で語るのは、白橡色の髪のリベルノイド



    ≪ でね、桜をライトアップするんだって。 そうするとね、まるで、
            いっぱいの花吹雪が、宇宙に浮かんでるように見えるんだって ≫



     『・・・・・・はなふぶき、おはなみ?』


    "C・u" は流れ出る音声からキーワードを読み解こうとするが、
   見た事が無いモノはどう想像しようと頭には浮かばない



     『・・・・・・・・・』



   知りたい。
   見たい。


   12歳ぐらいであろう、少女の興味を惹くには十分過ぎる通信だった





   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
  【 当日、7時頃 】




   自室のソファーで横になり、気持ち良い風に寝息を立てる銀髪の男



     『・・・・・・・・・』



   ドアノブが動いた所で片目を明け、
   扉が数cmずつ、ゆっくりと開いたところで声を掛ける



     『・・・・・・何か用か?』


     『・・・・・・・・・』



   ドアの隙間から片目で覗いている赤茶髪の少女と眼が合う
   覗くにしては、ひどく警戒している



     『・・・・・・・・・』


     『・・・・・・・・・』



   どの位の睨み合いを続けただろうか、
   銀髪の男が面倒くさそうに、目線を外し



     『・・・用があるんなら言え、でなきゃ寝かしてくれ』


     『・・・・・・・・・』



   覗いてる赤茶髪の少女 "C・u" はジッと見つめたまま、動こうとしない
   銀髪の男 "A・g" はいよいよ面倒臭くなったか、寝返りを・・・



     『・・・・・・さくら、みたい・・・』


     『・・・は?』



   か細い声で "C・u" の主張が聞こえた



     『・・・・・・おはなみ、みたい・・・』


     『・・・・・・・・・』



   桜、お花見

   このキーワードで、J国という単語を頭に浮かべると同時に、
   昨夜、勝手に拠点間通信用開放チャンネルが繋がったのを思い出す



     『・・・ぴーてぃー、おでかけ』


     『・・・・・・・・・』


     『・・・えふいー、・・・おねえさま、おしごと』


     『あの性悪女、様付けで呼ばせてんのか・・・』



   性悪女、このチームのリベルノイドで金髪の容姿端麗 "A・u" の事である



     『・・・さくら、おはなみ、みたい・・・』



   こちらの独り言を無視するかのように、主張を続ける "C・u"
   先程の怯えた眼と違い、力が入っている



     『・・・みたい・・・みたい・・・みたいみたいみたいみたい・・・』


     『――わかったわかった、だから繰り返すのやめてくれ』



   ハァーと大きいため息をついて "A・g" はソファーから起き上がる
   数cm開いたドアの向こうに "C・u" の姿はもう無かった



     『・・・・・・面倒くせェ』





   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





     『・・・何だこの人だかりは』



   催事、祭となると人が密集するのは常だが、
   老若男女すべてが揃った光景に "A・g" は立ち眩みをする



     『・・・とりあえず・・・おい、その狐の面をくれ』


     「はい、20cになりますー!」



   こんな場所でも、誰が何処で何を見ているかは解らない
   最悪を想定した用心として、顔を隠すのにお面は最適である



     『・・・さて、どうしたものか』



   今回、同行案内役のリベルノイドの二人組みと合流する予定だったが
   あっという間に他の団体と揉みくちゃとなり、この有様である



     『・・・・・・うう・・・』


    "C・u" は右手で "A・g" の左腕の裾を指先で抓み、とことこ後から付いて来る



     『とりあえず、メシだな・・・』



   数ある屋台を見回し、何を腹に入れようか決め兼ねる



     『おい、お前、何が食いたいんだ?』


     『・・・っ?!』



   朝飯を食い損ねた "A・g" がやや吐き捨てるように言い
   声を掛けられ、小動物のように一瞬震えた "C・u" が恐る恐る周囲を見渡す



     『・・・・・・あれ、なに・・・?』



   指を刺したのは、丸い穴が複数開いた鉄板の上でくるくると回る――



     『たこ焼き、だ』


     『・・・たこやき?』


     『そうだ、まあ説明するより食った方が早い』



   店主へ1つ注文し、商品を受け取る
   近くのプラスチック製ベンチに腰掛け、買ったたこ焼きを包みから出す



     『・・・やれやれ、ここまで人が多いとは』


     『・・・・・・・・・』



   たこ焼きに爪楊枝を突き刺し "C・u" に差し出す



     『・・・どうした、食わないのか?』



   ところが "C・u" はジッと見つめるだけで手を付けようとしない



     『食わないんなら、食うぞ』



   狐の面をずらし、口の中へたこ焼きを一個放り込む
   ソースと青海苔風味の後に、柔らかい食感とタコの味が広がる



     『・・・・・・たべる』



    "A・g" が食べたのを確認してからたこ焼きの一つを取る "C・u"
   興味の眼でたこ焼きを見つめ、ゆっくりと口の中へ運ぶ



     『・・・ん、はふ・・・・・・』


     『・・・・・・・・・』


     『・・・ん、おいし、い・・・・・・おいしい!』



   パァッと明るい笑顔になり、もう一つもう一つ、たこ焼きへと手を伸ばす
   気付けば、10個あった内の8個を "C・u" はぺろっと食してしまった



     『・・・・・・ええと、ごちそー・・・でした・・・』


     『ご馳走様でした、な』


     『・・・ごちそーままでし、た』



   口元に青海苔とソースを付けた "C・u" が、手と手を合わせる
    "A・g" がそれを紙ナプキンで拭おうと手を伸ばし――



     『っ?!』



   驚き、反射し仰け反る "C・u"



     『・・・口元のソースを拭くだけだ』


     『・・・ん』



   出会った当初、目線を合わせるだけで隠れられるほど警戒されていた
   それが今では "許可" を貰えば手が伸ばせる距離にまである



     『・・・で、他に何か食うのか?』


     『・・・・・・あれ』



   指を刺したのは、ベンチから見て左前にある射的屋
   その射的屋の陳列棚上にある、少し大きめの猫のヌイグルミ



     『あれは食いモンじゃねぇ・・・』


     『・・・・・・しってる、ねこさん・・・ほしい』



   なら最初からそう言えと、面倒臭いと "A・g" は思いつつ
   射的屋の親父に声を掛ける



     「いらっしゃい! 5発で50cだよ!」


     『・・・・・・ねこさん、ほしい』



   いい笑顔の親父には見向きもせず、
   置かれた猫のヌイグルミへ釘付けとなる "C・u"



     「ごめんねぇ〜お嬢ちゃん! これは景品じゃないんだよ〜」


     『・・・あ? 物じゃねえモンが何であるんだ?』



   狐の面の中から、やや殺気を込めて言い放つ
   店の親父は少したじろぎながらも、笑顔を絶やさず説明する



     「こ、これは、最近流通した人気マスコットキャラクターの限定品で・・・」


     『客寄せの道具で置いてるだけ、か? いい商売してんなオッサン』



   親父のこめかみに血管が数本浮く。



     「・・・冷やかしなら他所を当たってくれ」


     『・・・・・・ねこさん、ほしい・・・』


     「だからお嬢ちゃん、これは景品じゃ―――」



   二度目の蒟蒻問答を開始する前に "A・g" が1000c札を店の台上へ放り投げる



     『100発分だ、とりあえずやらせろ』


     「お、お客さん・・・そんなに積まれてもこれは・・・」


     『心配すんなオッサン、俺は "ほんのちょっと" 遊びたいだけだ・・・』



   狐のお面を被った銀髪の男を怪しげに視つつ、弾の用意をする店主
    "A・g" が火薬の入った銃をチェックしていると "C・u" が上着の裾を引っ張った



     『・・・・・・ねこさん・・・』


     『慌てんな、物事には順序ってもんがある』


     『・・・・・・・・・』



   何を言ってるのか解らない、といった表情で見上げてくる "C・u"



     「はい、こちら100発分になりやす・・・数えますか?」


     『・・・必要無い、どうせ "100発以内で" 終わる』


     「え? あ、はぁ・・・」



   弾を詰め、狙いを付け、撃つ
   パンッ と気持ち良い音の後に コンッ と命中した音が響く



     『・・・・・・・・・』



   弾を詰め、狙い、撃つ
   詰め、狙い、撃つ



     「お、お客さん・・・一体何処を狙って・・・」



     パンッ  コンッ


        パンッ  コンッッ



   店主の声すら聞かずひたすら一点を見定め撃つ "A・g"
   その姿に一人、また一人とギャラリーが集まり始める



     「あれあれ、100発購入して一個も落とせてないってヒト」



        「ほう?  "東のマト屋" に挑んでるお面野朗ってのはあいつかぃ」



           「うっわ、隣に居る子カワイイ!」



   興味で集まった観衆の声にも耳を向けず、
   ひたすら撃つ動作を繰り返すこと―――62発目



     『・・・そろそろか』



   響く音に変化が表れる


      パンッ   カツッ


        パンッ   カツンッ


   よく耳をこらさないと解らない程度の音の変化だが、
   これこそが "A・g" の待ち望んでいた音である



     『・・・・・・オッサン、一つ確認しておく・・・モノを落とせば貰えるんだな?』


     「このヌイグルミはあげませんよ?!」


     『・・・質問に答えろ』


     「う・・・そ、そうだ・・・その台にある景品が落ちたら、あんたのだ」



   それが聴きたかった、とばかりに面の中でほくそ笑む "A・g"



     『―――それじゃ有り難く "全部" 貰うとするか』


     「・・・・・・は?」



   ―――89発目


   銃を横に向け、放ったその先は、
   ひな壇の木製柱の、根元にある集中部分


     ガツッッ



   何十発と命中し、抉られ、脆くなったその部分が、
   悲鳴を上げ始める



     「・・・ちょ、ちょっとお客さ・・・!」



   構わず撃ち続け、―――97発目



        ガリッッ メキメキメキッ



     「う、うわああああっ?!」



   柱が折れ、支えを失ったひな壇は簡単に崩れ落ちる
   合計五段までに置いてあった景品は、全て一つの方向へと落下する



     「す、すげえ! あのお面の人、ひな壇を崩しやがった!」



        「お、おい、紙と筆持って来い! あいつは駄目だ、うちの店も潰られるッ!」



            「まじかよ・・・あんなの人間業じゃねえ・・・」



   呆然とする店主と、残り3発の弾を手の上で遊ばせる狐の面を被った銀髪の男



     『・・・・・・言っただろう? "100発以内で" 終わるってな』



   ハッとした店主が、慌てて口を出す



     「だ、駄目だ! これは無効だ! 景品に当てて落とし――」


     『俺はさっきこう聴いたがな・・・
        "その台にある景品で落ちたものはあんたのだ" ってな』


     「い、いやしかし!」


     『・・・なぁ、お前らも聴いてたよな』



   背後のギャラリーへと、声を掛ける
   答えは言わずもがな

   最高潮の気分となったギャラリーの勢いは、何者にも止められない



     「そ、そんな・・・! 全部だなんて・・・!」



   膝から崩れ落ちる店主
   先程までの威勢はすでに微塵もない



     『―――まぁ、流石に全部は持って帰れねえな』



   その一言に、店主が物凄い勢いで顔を上げる
   希望に満ち溢れた笑顔だが・・・



     『その棚の上の猫のヌイグルミ、この景品全部と交換してやってもいいぞ?』



   絶望へと変わる



     「あ、あんた・・・それはっ!」


     『勘違いすんな、決めるのは俺だ』


     「く・・・ぐッ・・・!」


     『100発分の代金は台の修理費に使えばいい・・・で、どうすんだ?』



   再び、項垂れる "東のマト屋" の店主



     『・・・イヤならいい、この景品はぜんぶ後ろの連中に配るだけだ』


     「なぁっ! そ、それは絶対に駄目だ!」



   そんな事をされてしまったら、
   来季のイベントで出店が認められなくなってしまう

   この "東のマト屋" と言われ続けてきたプライドが許さない



     『・・・今直ぐ決めろ、でなきゃ――』



   最早、選択どころか脅迫の域である



     「わ、わかった! このヌイグルミはやる、だから、だからもう帰ってくれッ!」



   半泣きとなった店主が猫のヌイグルミを狐面を被った銀髪の男に押し付け、
   崩れたひな壇、落ちた景品の後始末に取り掛かる



     『ほれ、ご希望のモンだ』


     『・・・ねこさん、ねこさん!』



   満面の笑顔で、猫のヌイグルミを抱き締める "C・u"
   頬擦りまでしている辺り、よほど欲しかったのだろう



     『性悪女やバアさんには "崩した事" 内緒な』


     『・・・どうして?』


     『どうしてもだ、解ったな?』


     『・・・・・・うん!』



   少し考えた後、猫のヌイグルミへ頬擦りを再開する "C・u"








     『・・・なまえ "いぬ" にする!』




     『いや、それは駄目だろ・・・』





   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





   屋台通りを歩く度に、様々な店主から声を掛けられる



     「兄チャン、さっきの凄かったよ! これ持って行ってくれ!」


        「 "東のマト屋" のあの顔、初めて見たぜ! よくやってくれた!」


           「いい物見させてもらったよ、ウチのも持って行きな!」



   焼きそばに水あめ、わた菓子・・・と数々の食料品をタダで受け取る最中

   ある一件
   先と同じ射的屋の親父が、仇を見るかのような眼で睨んでいた


   店前には張り紙がある


      ―――赤茶髪の少女を連れた、
            狐の面を被った銀髪の男、おことわり。



     『・・・・・・・・』




   この "東のマト屋騒動" 以降のお祭りにて、

    "狐お面を被った銀髪の男" が射的屋の間で語り継がれる伝説となった





   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





     『確かに、花見がしたくなるなこれは・・・』



   神社前の階段に座り、
   屋台の店主らから無料で貰った物を物色しつつ桜を眺める



     『・・・酒を買うべきだったか』


     『・・・・・・いんしゅうんてん、だめ、ぜったい!』


     『・・・・・・そういう事だけは知ってるんだな』



   猫のぬいぐるみを背中に背負った "C・u" は、
   今はわたあめを美味しそうに食べているところだ



     『おい、また口元が汚れてるぞ』



   手を伸ばすが "しまった" と一瞬腕を止めた "A・g" だが、
   顔を仰け反らそうとせず、素直に拭かれる事を待っている "C・u" を見て安心する



     『・・・んー、・・・ん』


     『・・・現金なヤツだ』



   つい数時間前までは、
   話し掛けようとするだけで身体を震わせていたというのに



     『・・・しかしよく食うな、まあ・・・育ち盛りか』



   たこ焼きに続き、わたあめ
   そして今はみかんを包んだ水あめを食べ始めている



     『・・・・・・あいつらも、向こうで花見ぐらいしてるだろうか』


   満開となった桜並木を見つつ、焼きそばを食べようと封を切った時
   自分でも気付かぬ内に口から言葉が漏れていた



     『・・・ともだち?』


     『・・・・・・ああ、・・・戦友だった奴らだ』



   まだ半年も経っていない、戦友らの亡き姿
   景色に感化されたのか、舞い散る桜のように、言葉が落ちる



     『・・・俺だけ置いて、遠くに行きやがった』


     『・・・・・・・・・』



   賑やかな人の声

   鳥の鳴き声


   ひらひらと頭上から落ちてくる桜の花びら



     『・・・・・・えーじぃ?』


     『・・・・・・・・・』



   たこ焼きを食べた時よりも遥かに近い距離で隣に座った "C・u" が
    "A・g" のコードネームを口にしたこと、



     『・・・・・・たのしい、ありが、とう』


     『・・・・・・、その水あめ食い終わったら帰るぞ』


     『・・・うん、わかった』



   感謝の言葉、そして――


   笑顔で "A・g" へ返事をしたのは、この日が初めてだった





   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――