■血霞、黒き海にて


 きらり、ひらり、なにかがきらめく。
 それは宇宙に遍く命の残滓、その光か。
 それとも──

 光を覆うように、ぞぶり、ぞぶりと闇が滲み出る。
 眩い星界を埋め尽くすかのように、黒き異形たちは虚空に踊る。

 *−*−*−*−*−*

 薄暗い部屋で、女は拳銃の手入れをしている。
 彼女の手元にある銃は、現在の情勢から照らし合わせてみればひどく古臭く、脆弱なものだった。光力を利用した新兵器でもなければ、アーレント結晶と共鳴するような機能を有したものでもない。
 何の変哲もない、ただ、鉛の弾を飛ばすだけの、旧い旧い銃だ。
 今の世界では、こんなものを使っている者は殆どいないだろう。
”《ゼロ・ミリオン》”
 ──不意に、部屋に据え付けられていたモニターが起動し、そこにかっちりとした軍服を纏った壮年の男が映し出される。
”お前に仕事を持ってきた。輸送船の護衛任務だ”
「他を当たったら?」
 画面の前の壮年の男に一瞥すらくれもせず、黒髪の女はにべもない言葉で相手の依頼を叩き落とす。
”我が帝国領の付近で感知された時空振動の調査を行うべく、調査団を出す事となった”
 しかしこの依頼者は、もはや女のそんな性質など十分に知っている。ゆえにそんな態度を取られた程度で怯むはずもない。
 自分の言葉を無視して話を続ける男の態度に、ふん、と軽く鼻を鳴らすと、女は銃を弄る手を止めないまま、椅子の背に凭れかかった。
”単刀直入に言おう。現場にはフローターズが出現するはずだ”
 ぴくりと片眉を上げて、女はちらりと画面の方へ目を遣る。ごとん、と旧式の銃をテーブルの上に置いた。
”現場に訪れる者は、全て喰い殺して構わん”
「……へえ」
 女は初めて、モニターへと真直ぐに視線を向けた。
 血のように紅い瞳に、ぎらぎらとした殺意を宿らせ、女は凄絶な笑みを口元に刷く。
「全部。でいいのね?」
”……期待しているぞ、《ゼロ・ミリオン》”
 判然とした言及を避けるように、通信は途切れる。
 何事も無かったかのように黙り込んだモニターから視線を外すと、千景は机の上に置いた銃を再び手に取った。

 *−*−*−*−*−*

 停泊した輸送船が異常振動を関知したのは、コロニーを訪れて間もなくのことだった。
「なんだ!?」
「何だ、も何も。あんたたち、何を調査しに来たと思っているのよ」
 このくらいで慌てるなんて底が知れるわね──女は小さく息を吐くと、開け放たれたハッチから一目散に船外へと躍り出る。
「お、おい! 《ゼロ・ミリオン》! お前の仕事は護衛だろう! どこへ行くつもりだ!」
”あたしは攻める方が好きなの。自分の身くらい自分で守りなさいね?”
 護衛者としてはあるまじき発言を最後に、ぶつりと通信は途切れた。通信士が再度の打電を試みるも、彼女からの応答はそれ以降聴かれる事はなく。
「ど、どうしましょうか、隊長……!」
「通信はまだ生きているか」
「は、はい。ですがフローターズに接近されればじきに……」
「なら、今しかないな。……《ギルド》へ通信を。ブレイカーに、救援を要請しよう」

 *−*−*−*−*−*

「みんな、緊急の依頼だよ」
 耳に馴染んだ声と共に映し出されたのは、いつもの柔らかな笑顔でなく、眉根を寄せた真剣な表情だった。
 映像端末に映し出された白橡色の髪の男──《ジュエルボックスII》翡翠は、心を鎮めるかのように一つ大きく息を吐くと、真っ直ぐに顔を前へと向け、語りはじめる。
「廃棄コロニーの調査に向かった調査団の船が、フローターズの襲撃を受けている」
 端末を目にしているブレイカー達の反応を待つ間もなく、翡翠は矢継ぎ早に状況を述べ立てる。
 発端は、エウロパ帝国領のほど近くにある廃棄コロニーで、時空振動が検知されたことだったという。それだけならばフローターズの出現だ、ですむのだが、普段とは少々事情が違った。
 通常、フローターズは都市部や工廠など、人の気配の多いところ、或いは重要拠点と言った趣の土地への出没が多く確認されている。だが、今回はそうした重要拠点でもなければ、人も機械も存在しないコロニーを狙って、彼らは転移してきた。
 その状況に、エウロパ帝国は異様なものを感じたらしい。
 ゆえに、フローターズの目的調査の為、エウロパは研究者たちを乗せた輸送船を送り込み──その護衛としてブレイカーを雇った、という。
 ……すると案の定、現場には大量のフローターズが出現し。護衛はフローターズ討伐の為戦闘に赴き、輸送船の傍を離れてしまった。
 そうしている間にも、護衛が撃ち漏らしたか敢えて逃がしたかはわからないが、フローターズの半数程度は輸送船へと迫ってきており──人命に危険が及ぶ前に、危急の対応が望まれる、とのことだった。
「ただ、これが問題なんだけど……その依頼、受けちゃったのがよりによって《千篇万禍》なんだよね」
 ややげんなりしたような声音で告げられた翡翠の言葉。それを聞いて、幾人かのブレイカーは同じくげんなりとした気分になったかも知れない。
 《千篇万禍》は、単独のブレイカーによって構成されるチームだ。……といってもこのチームに関しては、翡翠の口から説明を受けるまでもなく、全員がその存在を知っていることだろう。
 チームの構成員は、《ゼロ・ミリオン》の千景、という女性一人。この女性が、千の機械種を破壊し、万の生物種を殺害し、今なおその殺害数を伸ばし続けている、最も厄介な類のブレイカーである事は、誰もが知る事実であった。
 といっても、ブレイカーの任務にそうした生殺与奪の問題が絡むことは、珍しいことではない。だがそうだとしても、千景の殺した存在の数は、群を抜いている。
 しかも彼女はそれだけにとどまらない。喩え数秒前まで協力者であった相手ですらも躊躇いなく殺害し、無抵抗の人々ですら平然と手にかけるのだ。
 闘争と殺戮への異常な執着心。それを以て、ブレイカー内では一、二を争う危険人物と目されている。
「今は、大人しくフローターズの相手をしているようだけど……皆が突入すれば、当然彼女は気付くから」
 護衛などよりも戦乱のほうが余程に大事であるのか、千景はフローターズの密集している地点で戦闘を行っており、守るべき輸送船からは離れた位置にいる。
 ただし、輸送船の方でも戦闘が始まったとすれば、彼女は当然それに気付くだろう。最悪、標的をブレイカーたちの方へと変えて襲ってくる可能性もあり得る。
 ”そちらと戦う方が面白そうだから”──などという、迷惑極まりない理由で。
「余り大立ち回りをすると、彼女に目を付けられるかも……そこだけは注意して」
 もちろん、敢えて目立つ行動をして彼女を引き付けるのもなしではないよ。翡翠はそう付け足して、うまく立ち回ってねと目端を緩める。
 千景の能力は非常に高い。並のブレイカーが間違って目を付けられでもすれば、ただでは済まないだろう。最悪、フローターズを全滅させる前に敗走を強いられる事になるかも知れない。
 だが、彼女の好戦的な性質を巧く利用すれば、被害を可能な限り抑える事は出来るはずだ。彼女を陽動する班と、フローターズを殲滅する班を分ける……あるいは、彼女に捕捉される前に姿を現し、彼女に何らかの勝負や賭けを持ち掛ける事も手だろう。好戦的な彼女は、挑まれた勝負は決して反故にしないと言われている。
「緊急の依頼だから、どれだけ人が来てくれるかもわからない」
 俺たちも向かうけれど、間に合うかはわからないからね──翡翠が言って、苦笑する。
 しかし。でもね、と続きを口にした時は、彼の表情はいつものような、不安も悲しみもない、柔和で穏やかなあの笑顔で。
「みんなとならできるって、俺は思ってるんだ。だから、協力、してくれないかな」
 どうか宜しくお願いします、と。
 旧き国の作法に則って、青年は深く頭を下げた。

 *−*−*−*−*−*

≪アアアアアアア──!≫
「あらあら、酷い金切声ね。お歌の歌えない天使様じゃ神話にはなれないわよ?」
 冗句めいて言葉を発した黒髪の女が見据えるのは、5mはあろうかという巨大な人型。その周囲にも並べて一様に、つるりとした鉱物のような光沢をした人型が並び立つ。
 黒曜石の彫像の如きそれが、地球圏に生きる者達の仇敵──フローターズ、だ。来歴の不明なその存在はいつからか地球圏に飛来し、見境なく人々を、機械種を、襲うようになっていた。
 ひときわ大きな人型のフローターズは、その背に純白色の六枚翼を有していた。耳をつんざくような甲高い音を発しながら、ゆっくり、ゆっくりと進んでいる。
 そのフローターズ──黒髪の女の言葉を借りるならば、”天使”とでも呼称すべきか──の周囲には、同じ白き翼を有した小さな球体が、おびただしく浮いている。
 さしずめ、眷属といったところか。”天使”の翼の付け根から生み出される球体は、キィキィと蝙蝠のような声を上げながら緩慢に、黒髪の女の方へと飛来する──
「邪魔」
 短く言い放つと同時、女は右の手に握った拳銃を球体へ向けると、躊躇いなく撃ち放った。
 その着弾も見ぬまま、別の球体へと向けて二発目、三発目。まるで硝子が割れるように呆気なく四散した球体たちは、地に落ちるよりも早く風に浚われ、溶けて消えて行く。
 一瞥すらも向けない。女の視線は只管に、”天使”だけに向けられている。
≪ア──、アアア≫ 
「あら良いのよ、無理に喋らなくて。あなたと雑談で盛り上がる心算はないから。楽しくお話したいなら他を当たって頂戴」
 言うや否や、女は両手に握った拳銃を真直ぐに、”天使”へと向ける。
 ……しかし、それを撃ち放つよりも早く、彼女と”天使”との間を、黒曜石の彫像たちが塞いだ。
 その内の一体が、大口径砲のように変じた腕を女へと向ける。
 咄嗟に身を引く。撃ち放たれた砲弾は先ほどまで女がいたアスファルトの地面を抉り、激しい爆風を巻き起こす。
 乱暴ね、などと嘆息し、女は下げた銃口を真横へ向けた。
 視線すら向けずに弾を撃ち出せば、一拍遅れてベチャリと濡れた音。
 足元で蠢く黒い触手のようなものを踏みつけ、軽いステップで数歩後方へ下がる。
 ざっと眼前を見渡せば、視界を埋め尽くすほどに大量の黒き異形達がひしめいていた。黒髪の女に追いすがる様に蠢いているものが、約半数。残りの半数はどうやら、”天使”の傍を離れ、女の脇を抜けて何処かへ向かおうとしているようだ。
 ……まあ、その「何処か」が何処であるかなど、考えるまでもなく判ることだ。
 けれど、女は脇を擦り抜けていく黒い異形達には目もくれない。それが、自らが護衛を請け負った人々を襲おうとしていると知っても。
 理由は単純明快。あんな有象無象と遊んでも「面白くなどない」からだ。
 どうせ殺り合うなら、戦い甲斐のある相手でなければ詰まらない。もちろん、自分の邪魔をしてくるのならば、排除に躊躇いはないが──
「……とはいえ。ま、喰い過ぎには注意、よねぇ」
 加減が難しいわね、などと愉しげに笑いながら、女はコロニー上空に垣間見える星界をちらりと仰ぎ見た。
「本気で殺ったら、メインディッシュを食べ損ねちゃう」
 輸送船は、腐っても新技術を先導するエウロパ新帝国の最新型だ。
 それに、わざわざフローターズが訪れる地へと送り込むくらいなのだから、フローターズ、あるいはそれらが持つ特性に対する備えは、できていることだろう。
 《ギルド》は時空振動を感知する技術を備えている。
 それに加え、輸送船の通信機能も、フローターズに肉薄されない限りはあの異形達からの干渉を受ける事はないだろう。
 ……救難信号なり。救援要請なり。そういったものを送るいとまは、幾らでもある。そうして、それを受け取るのは恐らく、否、間違いなく、《ギルド》──ひいてはブレイカー達となるはずだ。
 だから、女は敢えて、敵を逃がした。なぜならば──人の命がかかっていれば、ブレイカーたちはこぞってこの場に現れるということを、知っているから。
「さあて、お人好しの正義の味方たち。誰が一体、ここに来てくれるかしらね?」
 戦場には凡そ似つかわしくない、夢見るような声音で呟くと、女は再び眼前の”天使”へと向き直った。


■担当:東雲朱凛
■冒険出発日:A.A.0085 04/20 23:59

【※このシナリオは「β版」となります。
今後運用されるシナリオとは仕様が異なる可能性があります。
ご了承下さい。】

■ごあいさつ
先ずは初めまして、お久し振りの方はお久し振りです。
ライターを務めさせて頂きます、東雲朱凛と申します。
未熟者ですが末席に加えて頂ければと思っておりますので、どうぞ宜しくお願い致します。
では、以下に概要を。

■Mission Information......
□■Mission Require(成功条件)
全てのフローターズの撃破

□■Location(場所)
エウロパ帝国領近海宙域の棄てられた廃コロニー
人の暮らしている形跡はなく、打ち捨てられるがままの様相。
ただし、環境整備機構はまだ部分的に生きているため、
内部では大部分で空気が残っています。

戦闘の場所となるのは主に2つです。
・工廠区画
宇宙港に隣接した区画で、正規の方法でコロニー内に入る場合はまずこの場所に到達します。
研究者たちを乗せた輸送船が、この区画に着陸しています。
人の気配を察知したのか、フローターズが集まり始めています。
急げば輸送船が攻撃を受ける直前に辿り着く事が可能でしょう。
出現する敵:”眷属”、”砲手”、”鉤手”、”癒手”

・都市外縁区画
工廠区画と隣接した、寂れた都市区画です。
大きな時空振動は、ここで確認されています。
大量のフローターズがこの区画にいると予想され、
そのうちの一部は輸送船のある工廠区画への移動を開始しています。
なお、《ゼロ・ミリオン》千景もこの区画にいます。
出現する敵:”眷属”、”砲手”、”鉤手”、”癒手”、”信徒”、”天使”


□■Enemy(敵)

・”眷属”
白い翼を生やした人の顔くらいの丸い球体です。
目の前の敵に体当たりをしかけてきます。
・”砲手”
右腕が巨大な大砲と化した個体です。
放たれる漆黒の砲弾は、着弾箇所から数メートル以内を爆風で包み込みます。
・”鉤手”
両腕が、先端に鉤爪のある触手へと変じた個体です。
変幻自在の腕で死角からの斬撃をしかけてきます。
・”癒手”
水晶のようなものを額につけた個体です。
この個体が発する波動は、周囲のフローターズを治癒させる効果があるようです。
・”信徒”
教会のシスターのようなヴェールを被ったシルエットの個体です。
手にした書物のようなもの(これもフローターズの肉体の一部です)から以下の攻撃を放ちます。
 ・氷の槍(単体攻撃)
 ・放射状に放たれる氷の矢(範囲攻撃)

□■Boss(強力な敵)
・”天使”
六枚の翼が生えた、天使のような姿の大型フローターズです。
丸い球体は彼女の翼の付け根から無限に生み出されます。
また、彼女は以下の攻撃手段を持ちます。
・翼から追尾光を放ち、広範囲を攻撃します(熱・光属性範囲攻撃)。
・腕に光の刃を形成し、周囲を薙ぎ払います(光・斬属性範囲攻撃)。
・”ウタ”のような声を発し、周囲のアーレント結晶に不協和音をぶつけることでその活動を鈍らせます。

□■Extra(第三勢力)
《ゼロ・ミリオン》千景がいます。
都市外縁区画でフローターズを相手に戦闘を行っています。
何者の介入もないまま放っておけばフローターズは彼女によって残らず駆逐されるでしょうが、その頃には輸送船団は壊滅しているでしょう。

□■Recomendation(推奨行動)
本シナリオはβ版ということで、こうした参加形式のPBWに慣れない方へ向けて、少々の作戦指南を蛇足ながら。
今回の目的は「全てのフローターズの撃破」となっています。
まずはこのために自分が何をするかを考えましょう。
同じような行動方針の味方が居れば、連携などをしてみるのも手です。
スレッド内で話し合い、お互いの行動を掛け合わせてみましょう。
多くの人が集えば、一人で行うよりも数倍効率的に戦闘を行える可能性もあります。

今回のシナリオでは、以下のような事項について皆さんで検討すると宜しいかと思います。
・どこでフローターズを迎え撃つか
・どのように敵を殲滅していくか
 輸送船を守りながら?
 移動してくる敵を横合いから?
 一気に中枢まで攻め込む?
 色々な戦術が考えられると思います。
 メリットやデメリットを検討し、皆さんで作戦の方向性を決めて下さい。
・《ゼロ・ミリオン》千景への対処
 状況によっては敵にも味方にもなり得る第三勢力への対処も、重要な事項です。
 彼女を引き付けるか、彼女に悟られないように戦闘を終わらせるか。
 引き付けるならば、誰がどのように行うか。
 あるいは、上記の二つに当て嵌まらない第三の方法を皆さんで考えて頂いても構いません。

□■Non Player Character(ライターに帰属するPCについて)
・《サイレント・フレイム》ジゼル
・《メディクス・ニクス》アリサ・キリル
・《エターナル・ブレイズ》榧薙煉歌
ライター所属の以上三名のPCは、所属チームのメンバーが戦場にいる場合に限り、協力者としてリプレイに登場します。
プレイング内にて名指しでの行動指示があった場合、その指示に従って行動いたします。
必要ならばお声掛け下さい。
各PCのリプレイへの登場要件さえ満たしているならば、他チームの方からのご指示も承ります。
なお、登場要件は満たしているが、特に皆様からのご用命がない場合は、依頼の成否に関わらない程度に皆さんを支援します。
(その場合は、毒にもなりませんが、薬にもなりません)

私から申し上げる事は以上です。
それでは、銀河に羽ばたいた皆様の、華麗な戦いをお待ちしております!